死(長文注意)

先日、3連休の土曜日に北岳バットレスをやってきた。
北岳とは南アルプスの主峰で、富士山に次ぐ標高をもつ山。この山に登るバリエーションルート(一般登山道として整備されていないルート)として「バットレス」というクラシックルートがある。バットレスとは「胸壁」という意味で、垂直に立ちはだかる壁のこと。北岳の東面がそういう岩壁状になっており、北岳バットレスと呼ばれている。そこを登って北岳山頂を踏めば「北岳バットレスをやった」ということになる。そういう意味では私とpecomaの2人はこの間バットレスをやってきた。しかしその内容は敗北と呼ぶにふさわしい、実に悲惨なものだった。


北岳バットレスは北岳という巨大な山の東面を形作る岩壁であって、つまりバットレスと一口に言ってもルートはいくつもある。その中でも「第四尾根」と呼ばれるルートが一番登られており人気も高い。私たちも当然この第四尾根をやるつもりだった。しかし下部岩壁から第四尾根へとりつく際のアプローチが分かりにくく、そのことは事前にインターネットなどでも調べて知っていたのだが、案の定道を間違えて第四尾根にとりつけなくなってしまった。しかし私たちはそこで戻らず、そのまま前進して「中央稜」という別のルートからバットレスを登ろうということになった。だがそこから中央稜にとりつけると思ったのも実は間違っていた。結論から言うと、私たちはほとんど登られていない「第二尾根」にとりついてしまったのだった。


「第二尾根」は正に死の臭いのするルートだった。手がかりを掴み、足がかりに足を乗せて登っていくのだが、体重をかけた途端、岩がもろく崩れ落ちる。落石の巣。雪崩のように落石が降った。「残置プロテクション」と呼ばれる、前に登った人が設置した中間支点はほとんど無いので自分たちで支点を設置して登っていくのだが、岩がもろいのでもし落下の衝撃が加われば簡単に砕け飛んでしまうだろうと思った。だがある程度登っていくと後退することも難しくなった。進むしかないのだ。落石の巣の中で身をかがめながら、難しく危険なルートをリードで登っていくpecomaをビレイ(確保)した。pecomaが落下すれば、不安定な場所で不安定な支点に身を委ねてビレイしている私もろともはるか谷底まで墜落するだろう。そんなことを考えていると、小さな落石がバウンドして弾丸のように飛んできた。困難なルートに時間はどんどん流れ、次第にあたりも暗くなってくる。谷をひとつはさんだ隣に見える尾根、「第四尾根」を登っているパーティは楽しそうに会話をしながらクライミングをエンジョイしていた。


岩場にとりついて3ピッチ目くらいで、ついに行き詰った。第四尾根を行く人が大丈夫ですか、と声をかけてくれる。ここから見るとそこから上はかなり難しそうに見えますよ、と。pecomaは「そうですか」と返すしかなかった。もう進むことも戻ることも出来なくなっていた。仮に進めたところで、安全な場所へ通じているという保証もどこにもなかった。もう少しで日が沈む。ここでビバーク(やむを得ず一夜を明かすこと)かとも思ったが、そこは落ち着いて座ることもできないような不安定な場所で、ナチュラルプロテクションでとった支点も今にも抜けて落ちそうだった。


どうして人は死を恐れるのだろう。頭をいろいろな光景がよぎっていた。死なないとしても考え付くのは悲惨な結末ばかりだった。進むことも戻ることもできないとなれば、ここで救助を待つしかない。ヘリが飛ぶような事態になれば多くの人に多大な迷惑をかける。そして二度と山はやれなくなるかもしれない。山は私にとって悲惨な思い出でしかなくなるだろう。
山のマンガとかでよく見る滑落の場面。手足が変な方向に折れ曲がり、血まみれになった死体を見て泣き崩れる遺族。それがマンガの一場面としてでなく、妙に現実味を帯びて迫ってきた。こんな親不幸は無いなと思った。いつも山へ行く準備をしていると、「また山?死なないでよ」と言ってくれる友人たちの顔も浮かんだ。悲しむ人が居るから死が怖いのか?だがそれもちょっと違う。


結論から言うと私たちは前進した。正確に言えば、pecomaが前進した。山でやるクライミングは支点が落下の衝撃に耐えられるほどしっかりしていないので、落ちるかもしれないような難しいルートはやってはいけない。そこが難しいグレードを追い求めるスポーツクライミングとの違い。山自体はスポーツとは違うものなのだ。だが、リード(まず先頭にたって前進する人)であるpecomaは崩れ落ちるかもしれない難しそうに見えるルートに手をかけた。ここを抜ければ稜線上に出られそうだった。出られたところで安心というわけでは全く無かったけれど、そうすることが最良に思えた。ビレイする私はpecomaが落ちたら自分も落ちると判っていた。「ザイルパートナー」という言葉がある。互いにザイル(ドイツ語でロープのこと)を結び合う者同士、という意味だ。まさにその言葉の重みが伝わってきた。もしかしたらpecomaの落下を止めることができるかもしれない。しかし体重差10kg以上ある上に私が立っている場所は実に不安定で踏ん張りなどきかない場所、ハーネスから安全のためにつないである支点は落下の衝撃に耐えきれず抜けるだろう。だからpecomaとザイルを結びあっている私は運命を共にしてひきずり落とされるしかないのかもしれない。それがザイルパートナー、運命共同体ということだ。だがその時の私は、「絶対に止めてみせる」と強く思うしかなかった。


山へ来る途中のコンビニで、ヘッデンの替え電池を買った。ヘッデンとはヘッドライトのこと。頭につけられる懐中電灯なので両手が使える。山では必携で、替え電池も必ず持って行く。簡単な登山などではたまに替え電池を忘れることもあったが、今回は電池が切れかけていることを覚えており、買わなければと思っていた。特殊なリチウム電池なので一件目に行ったSEIYUには無く、仕方ないかと諦めた。が、次に寄ったコンビニにおいてあったので買った。あたりが完全に真っ暗になる前にヘッデンをつけなければならない。その時に思った。替え電池を買っておいてよかったと。山では些細なエピソードのうちひとつでも欠けたら、生きて帰れないのだと。


死ぬことはどうして怖いのだろう。大切な人との別れがつらいからなのだろうか。それとも死んだ後のことが分からないから怖いのだろうか。そもそも死ぬのは本当に怖いことなのだろうか?よくわからない。少なくとも私はこのとき恐怖を感じていた。しかしそれは死への恐怖ではなかったように思う。今にして思えば、それは山への恐怖だったのかもしれない。死への恐怖とは、山への恐怖の中のほんの一部分にすぎなかったのかもしれない。普通の登山道を歩いても、山との対話は出来ない。たぶん登山道を作った人間との対話しかしていないだろう。一般登山道でなくとも、よく登られていて整備されたバリエーションルートだって、山と直接向き合う必要は無いだろう。だがこのとき私たちは間違いなく、北岳と直接対峙していた。山と直接向き合うことがどれほど恐ろしいことか、それを身にしみて感じていた。


そうしてpecomaがとりついたルートには奇跡的に残置支点があった。当然とても古いもので錆びており、強度を確かめてみると簡単に折れそうだった。それでも無いよりはましだった。それのおかげでpecomaはそこを抜けられた。私があとに続いた。もう辺りは真っ暗でヘッデンの光だけが頼りだったが、満月が私たちを照らしていた。それから先も決して気を緩めることはできなかったが、私たちはひたすら登り続けた。登り続けて登り続けて、遂に山頂にたどり着いた。午後11時45分を回っていた。朝起きたのが4時半。遠い昔のことのように思えた。そこには去年普通の登山道で来たときと同じように山頂の看板が立っていた。何より、落石や滑落の心配の無い、広くて平らな空間があった。生還したのだと思った。


人の一生とは、奇異なものだと思う。もともと私たちは翌朝8時にふもとへ下山する予定だったのだが、前日に死とほとんど隣り合わせまで行きながら、予定通り翌朝8時には何事もなかったかのようにふもとへ到着した。その日は温泉に入って疲れをいやし、道の駅で買ったおつまみでビールを飲んだ。そしてその翌日は山岳部の後輩や先生方と共に楽しい沢登をやった。すべて予定通り滞りなく進んだ。しかしたぶん何かひとつでもピースが欠けていたら、この3連休の予定はすべて狂っていただろう。それだけでなくその後の人生全てが。もし、生きていればの話だが。


反省点は沢山ある。それをこれからpecomaと話し合って煮詰めていく積りである。だが、今回私たちの身に降りかかったことは、無事に帰れたからこそとても大きな意味をもつものとなった。この経験を決して無駄なものにはしたくない。あの時強く感じたことは「人は人によって生かされている」ということだった。一部の先鋭的な冒険家、登山家などを除けばそう言えるだろう。人の手の全く及ばないところで人間の生きる術はないのだ。今こうして自分の部屋でパソコン画面に向かっている私は、誰かが作ってくれた街のなかの誰かが作ってくれた部屋の中で、誰かが作ってくれたパソコンに向かっている。なぜ登山が好きかという問いに、「俗世の喧騒をはなれ自然の中に身をおくこと」に安らぎを覚えるという答えは多いが、そうやって安らぎを覚えながら歩いている登山道は正に誰かの手によって作られたものなのだ。そして私たちが生きて帰れたのも、そこに誰かが登った形跡、残置ハーケンがあったからだった。私たちは人である以上、どこまで行っても人によって生かされる存在だった。


それが分かればこそ、山がどうして恐ろしいのかが分かるはずだ。人の気配がどこにもない山になぜ「死の臭い」がするのかも。そして、何気なく過ぎていく日々がなぜそこにあるのかも、この経験をする前よりはなんとなく分かるような気がする。


この北岳バットレスのレポートについては、pecomaが”山恐怖症”から回復し次第pecomaによって「尾根の向こう」にUPしてもらう予定です(笑)。




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メンタル

先日大学のOBの先生方と尾瀬に行ってきた(詳細は後日「尾根の向こう」にUP!)。
尾瀬ケ原をはさんでそびえたつ燧ケ岳と至仏山。
梅雨の晴れ間に29℃という夏日を迎えたあの日、この2山両方を日帰りで制覇するというガンバル登山を敢行した。地図に記載してあるコースタイムだと全部で16時間くらいある行程だったが、11時間くらいでこなして帰ってきた。その帰り道のこと、皆ぐったり疲れた車中でこんな話題が出た。





「今までで本当にバタンキューになった経験はあるか?」 





pecomaはNOと答えていた。理由は、他の誰かと山に行ったりすれば当然ペースを合わせて歩くだろうが、その人のペースが自分よりすごく早いなどということが余り無いから、といった内容だった。たとえば私と一緒に山に行けば、当然pecomaより私のペースのほうが遅いから私に合わせることになる。私は疲れてもpecomaは疲れないで済むのだ。




しかし、だからと言ってならば私は心底バタンキューになった経験があるのか?と問われれば、これまた当然の如く答えはNOである。むしろ、本当にバタンキューになれる人間というのはこの世の中でもごく一部の限られた人たちのみだと私は思う。




確かにpecomaのペースに着いていくのは疲れる。呼吸は荒くなるし心拍数だって上がる。
でも体が限界に到達するより早く、「メンタル」のほうが必ず先に限界を迎えるのだ。
メンタルが限界を迎えればもうそれ以上体が頑張ることは出来ない。人間のパフォーマンスの源は体ではなくメンタルなのだ。だから私は、ごく当たり前のことだが、体の限界を迎えられたことなど一度もない。




トップアスリートはもちろんずば抜けて高い身体能力を持っている。だが、どんなにずば抜けた身体能力を持っていてもそれだけで世界の頂点に登り詰めることは出来ないと思う。同じようにずば抜けて強い「メンタル」が無ければ、100%のパフォーマンスは生み出せない。身体能力よりなによりこの「メンタル」が凄いと思う。




今、夏休みの海外登山のためにトレーニングをしている。結構キツクて、心臓が破裂しそうなくらい頑張っているのが分かる。そういう限界に近いトレーニングの場合、必ずこの「メンタル」が問題になる。ちょっとペースを落として楽をしようと思えばいくらだって出来る。だが途中で意識を失おうとも、何が何でも同じペースを死守することだって出来る。ああ、私はメンタルが激弱い。もっともっと心を鍛えなくては、体など到底鍛えられない。




ところで、最近けしからんことにビールを切らしている。先週も1週間禁酒して過ごした(平日は夕方まで実習があるし、寮のある敷地内からコンビニまでがとても遠いので、週末に買いだめしておかないと相当おっくうなのである)。
今日もまたビールが無い。今から買いに行くのは相当面倒くさい。
寮の敷地内に酒類以外なら自販がある。ビールが無い時は無性にコーラが飲みたくなって仕方ない。友達で、毎日ビールを飲みたい私のことを「アル中!」と抜かしておきながら、コーラが好きで毎日よく飲んでいる人がいる。毎日500mlのビールを飲むより毎日350mlのコーラを飲む方がよっぽど体に悪いと私は思う。
コーラを飲まないためにも、ビールはちゃんと買っておかないと。。

テーマ : 大学生日記
ジャンル : 日記

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プロフィール

chippe

Author:chippe
chippeのブログへようこそ!
2006.10 山歩きをはじめる。
2007.9 クライミングをはじめる。
山岳同人「青鬼」所属のゆるふわクライマー。

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