負けず嫌い

突然だけど、私はかなりの負けず嫌いだと思う。最近改めてそう思う。今までの人生で、身近にライバルが居ないことはなかった。ライバルが居なくなってもまた新しいライバルが現れた。それは単に自分自身でライバルを作り出しているだけかも知れないけれど、どちらにせよ常に周囲に能力があって張り合いがいのある人間が居るということは幸せなことなんだと思う。


私を突き動かす原動力のかなりの部分をこの「負けず嫌い」が占めていると思う。そのことに周りが気付くほどあからさまかどうかは自分にも判らないけれど、それが事実であることだけは確か。もしそうは見えなくても心の中ではメラメラ燃えたぎっているものが必ずある。


私はそんな自分の負けず嫌いなところは結構好きで、大切にしている部分だったりもする。簡単に白旗をあげて何も感じないほうがラクなんだけど、あえて「くやしい」という感情、それを抱く自分を大切にしている。ただし誤解を招くといけないので一応言っておくと、「負けを認めない」のと「負けず嫌い」なのとはまた別。私はあくまで前者でなく、後者であり続けようと思っている。それは能力のある人から自分にプラスになるものを吸収する有効な手段であると思うから。


ただひとつ、今の自分の課題としてあるのが、どうしても越えられない壁なら諦めもつくようなものの、タイミングの悪さとか些細な理由で負けを認めざるを得ない状況になったとき。「負けず嫌い」な性格が強い余り感情の処理に困ることが時々ある。タイミングとか些細な理由こそが成功の鍵だったりするわけで、とても重要な要素であることは判っているんだけど「くやしすぎる!」という場面がある。そのどうしようもない感情の強さに比例して、「努力」という形で還元できるのが一番の理想形なんだけど何物にも昇華されないままどうしようもない感情だけがくすぶり続けるときがある。そんな時思う。


あー。自分って醜いな。あるいは、小さえなあ、って。


次に繋がらない「くやしいだけ」の感情には価値がないから、何とかしたい。何とかしたいと思いつつ何ともできなくて、そのままその感情を持ち続けるのが苦しいから「まいっか」的な妥協という解決へと到る。自分で自分を甘やかす瞬間っていうのはかなり萎えるシチュエーションだけど、そうせざるを得ないところがやっぱり「小さえなあ」って思うところ。


まだまだ精進が足りないなと思う。でもそういう部分はある意味「副産物」的なもので、これからもなくならないのではないかと思う。少なくとも自分で能力のある人を見極めてその人を好敵手とする能力が自分にあって、それは喜ばしいことで、その副作用としてそういう事態が起こることはある程度仕方ないのかなと。一度きりの人生、全ての瞬間をムダに出来ないとは思うけど、そんなに気張って生き続けたらパンクしそうな気もするし。人間だから少しのムダは致し方無いのかも。。


そんな思考をぐるぐるぐるぐる。今日も明日も日々精進(´ω`)

Tag:日々・つぶやき  Trackback:0 comment:0 

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2006.10 山歩きをはじめる。
2007.9 クライミングをはじめる。
山岳同人「青鬼」所属のゆるふわクライマー。

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